『知能とはなにか』
田口善弘
講談社(2025/1/23) 1,012円
【感想】
著者は、1961年東京生まれ。中央大学理工学部教授。1995年『砂時計の七不思議』で講談社科学出版賞受賞。以降、機械学習を活用したバイオインフォマティクス研究に従事し、2021〜2024年に「世界で最も影響力のある研究者」トップ2%に選出。近年はテンソル分解研究に注力し、2019年に英語の専門書を出版。著書に『生命はデジタルでできている』『はじめての機械学習』『学び直し高校物理』などがある。そんな物理学者が生成系AIの本質をもとに生成系AIと知能について書いた一冊です。
生成系AIはChatGPT以降、「なにかすごい存在」として捉えられがちです。ところが実際には、物理学者たちが20世紀末に盛んに研究していた「非線形・非平衡・多自由度系」を用いた、いわば“世界シミュレーター”に過ぎないのだと言います。しかも、その中身―たとえばLLM(大規模言語モデル)であれば―は、単に「言語と言語の距離をマッピングしている」にすぎません。生成系AIとは、人間とは構造の異なる世界シミュレーターである以上、人間のような「自我」を持つことはない、と著者は指摘します。とはいえ個人的には、「もしこのマッピングが限界を超えるほどに拡大されたら(実際には利用可能な情報が不足する)、人間とは異なる形で“自我”のようなものが生まれることはないのだろうか?」という疑問が湧きますが。そうした想像はさておき、本書は「生成系AIが実際に何ができて、どこまでできるのか」を、誇張も過小評価もせず、リアルに捉えるきっかけを与えてくれます。そして大切なのは、その現実を冷静に受け止めたうえで、これからの生活や仕事にどうAIを活かしていくかを考えることです。未来に振り回されるのではなく、AIを道具として上手に使いこなす――そのための第一歩になる一冊だと思います。
【以下、引用】
生成AIがロボットにもたらしたインパクトはいろいろあるが、その一つはなんと言っても視覚の獲得だろう。・・・工業用ロボットはかなり前から実用化されていて製造ラインのオートメーション化に大きく貢献してきた。だが、そこにはある大きな限界があった。ほぼ定型の同じ作業しかできないということだ。・・・それはなぜかと言えば、ロボットが教えられていたのはカメラの画像がこうなったら手を伸ばしてつかめ、というルールだけであって、それが「ラインを流れてきた部品だ」と認識する世界モデルに基づいた行動ではなかったからだ。
・・・
だが、よい世界シミュレーターである生成AIは、入力された画像データをもとに特定の物体を選び出したり、的確な3次元配置をロボットに教えるみたいなことが可能になった。このため、ロボットは、全く未知の状況でも世界を認識して行動ができるようになった。