まず演出として許されるのは、情報の「伝え方」を工夫することです。たとえば、写真を少し明るく補正して雰囲気を良くする、レイアウトを整えて読みやすくする、キャプションを添えて意図を伝わりやすくする――これらは事実を歪めずに応募者の理解を助ける手法であり、演出に当たります。料理に例えるなら、素材そのものを変えるのではなく、盛り付けや照明でおいしそうに見せる工夫です。むしろ、この程度の演出をしないと、せっかくの魅力が正しく伝わらないことすらあります。
一方で、虚偽に踏み込んでしまうのは「存在しないものを作り出す」「事実をねじ曲げる」行為です。AI画像で実在しない社員を作り出し、あたかも自社のスタッフであるかのように紹介する。従業員インタビューを行っていないのに、AIが自動生成した“社員の声”を掲載する。こうした行為は演出ではなく、明確に虚偽情報の提供です。応募者がそれを信じて入社した場合、実態とのギャップから失望し、「騙された」と感じる可能性が高まります。結果的に、採用コストの増大やブランドの毀損を招くリスクがあります。
この演出と虚偽の境界線を判断するうえで役立つ視点は「応募者が誤解するかどうか」です。写真を明るくしても、応募者は「この会社に窓があるかどうか」を誤解しません。しかし、存在しない社員を登場させれば、「こんな先輩が働いている」と誤解させてしまいます。AIでキャッチコピーを整えることは問題ありませんが、AIが作った虚構のエピソードを「実際の社員談」として載せるのは危険です。つまり、「事実を補強して伝える演出」と「事実をすり替える虚偽」を明確に分けて考える必要があります。
さらに大切なのは、透明性の確保です。AIや加工ツールを活用すること自体は否定されるものではありません。しかし、それを隠そうとする態度は疑念を生みます。「AIで生成したイメージ画像です」「アンケート回答をもとにAIでまとめたインタビュー記事です」と一言添えるだけで、応募者は「嘘をついていない」と安心できます。誠実に伝える姿勢こそが、結果的に企業への信頼感を高めるのです。
採用活動は「いかに多くの応募を集めるか」だけではなく、「いかに入社後に定着してもらうか」が本質です。そのためには、応募者との間に無用なギャップを生まないことが最も重要です。演出は応募者の理解を助け、企業の魅力を際立たせる手段ですが、虚偽はその逆で、短期的な効果を得ても長期的な信頼を損ねます。AI時代だからこそ、この境界線を意識した情報発信が、採用広報において不可欠なのです。
2025.10.28
コラム 演出と虚偽の境界線
採用広報において、写真や文章の「見せ方」を工夫することは欠かせません。しかし、その工夫が「演出」にとどまるのか、それとも「虚偽」と受け取られてしまうのか――この境界線は非常に重要です。応募者にとって求人票は入社を決断するための材料ですから、事実と異なる情報を与えれば、入社後のギャップを生み、早期離職や信頼の失墜につながりかねません。