あいさつ
大澤賢悟です。
我が家でも、1月末から2月初めにかけてインフルエンザB型が家庭内で流行しました。きっかけは末娘がこども園でもらってきたもので、あっという間に家の中に広がりました。幸い、私は発症せずに済みましたが、身近で流行を経験すると、やはり感染力の強さを実感します。
インフルエンザは例年3月末ごろまで流行が続くことが多く、今年もまだ油断はできません。新型コロナも形を変えて続いていくと思われるので、引き続き基本的な感染防止を意識しておきたいところです。対策として特別なことが必要というより、結局は基本の徹底だと感じています。マスクを着用すること、そして手をこまめに洗うこと。この2つだけでも、体感的にはかなり違います。個人的には、普段からメガネをかけていることも一定の効果があるのではないかと思っています。
これからの時期は花粉症で目がかゆくなったり、鼻がムズムズしたりしますが、ここで直接こすったり触ったりするのは要注意です。指に付着している病原体を、そのまま粘膜にこすりつけてしまうことになりかねません。かゆくても、できるだけ触らない。これも立派な感染対策の一つです。派手な対策よりも、当たり前のことを丁寧に続けることが、結果的には一番効くのだと改めて感じています。
5円玉の価値が5円を超える
金属価格の上昇が続いていますが、その影響は意外なところにも出ています。アメリカでは2025年11月に1セント硬貨の製造を終了しました。
日本は諸外国と比べて現金利用の割合がまだ高く、日常生活の中でも現金がしっかり使われています。その現金の中でも硬貨は金属で作られており、例えば10円玉は銅・亜鉛・すず、5円玉は銅・亜鉛など、複数の金属を組み合わせて作られています。
では、その金属の価格を基準に材料価値を試算するとどうなるか。10円玉は約8.1円、5円玉は約5.4円となり、なんと5円玉は材料の金額が額面の5円を上回る水準になっています。
もっとも、法律上、硬貨を原料目的で溶かしたり、つぶしたりすることは認められていませんし、実際に再利用しようとしても加工コストがかかるため、利益が出るわけではありません。それでも、額面より原価が高い状態というのは、作れば作るほどマイナスになる構造です。
こうした事情もあり、1円玉は2016年度から、5円玉は2021年度から、流通用硬貨の新規製造は行われていません(コレクター向けの製造は続いています)。
普段は何気なく使っている硬貨ですが、その裏側では金属価格や製造コストといった現実的な問題が積み重なっており、現金という仕組みそのものも少しずつ転換点に近づいているのかもしれません。
令和8年度予算案、年度内成立に向けて
令和8年2月8日の衆議院議員選挙で高市政権が大勝したことを受け、予算案は年度内に成立する可能性が出てきました。当初は、解散総選挙の影響で年度内成立は難しいのではないかと見られていましたが、国民民主党も協力姿勢を示唆しており、状況は大きく変わりつつあります。
もっとも、残された時間は決して多くありません。短期間での成立を目指す以上、大幅な修正を加えるというよりは、基本的には既に示されている税制改正大綱に沿った形で進められる可能性が高そうです。
見せかけの市場拡大に注意
最近、売上が伸びていることをもって「市場が拡大している」と判断する場面をよく見かけます。しかし、その伸びが本当に需要の増加によるものなのか、それとも単なるインフレによる価格上昇なのかは、冷静に切り分けて考える必要があります。
インフレの局面では、商品やサービスの単価が上がるため、販売数量が変わらなくても売上高は自然に増えていきます。帳簿上は成長しているように見えますが、実際には取引量が増えていない、つまり市場そのものが広がっているわけではないというケースも少なくありません。この状態を市場拡大と誤認すると、設備投資や人員増強といった判断を誤るリスクがあります。
見るべきは「売上金額」だけではなく、「数量」の動きです。販売数量、来店客数、契約件数といった実際の取引量がどう変化しているのかを確認して初めて、需要が本当に増えているのかが見えてきます。単価上昇による名目上の成長と、需要増による実質的な成長は、経営判断においてまったく意味が異なります。
インフレが続く時期だからこそ、数字の表面だけを見て安心するのではなく、その中身を分解して捉える姿勢がこれまで以上に重要になってきます。
過剰な期待を手放すと、AIはちょうどよい道具になる
2026年は、AIに対する“失望”という言葉が少しずつ聞かれるようになるかもしれません。ただし、これはAIが急に使えなくなるという話ではなく、これまでの過剰な期待が現実の水準に戻ってくる、というだけのことだと思います。
そもそもAIと言っても、その正体はコンピュータです。そしてコンピュータは本質的には「計算機」です。大量のデータをもとに、確率的にそれらしい答えを計算して出しているにすぎません。人間のように理解しているわけでも、意思を持って判断しているわけでもありません。この前提を外してしまうと、AIに対して過大な期待を抱いてしまいます。
文章の整理やパターン化された作業、情報の要約など、計算として処理できる領域ではAIは非常に強力です。一方で、現場の状況判断や責任を伴う意思決定、例外だらけの業務といった「計算だけでは割り切れない部分」は、簡単には置き換わりません。「エージェントがすべて自動で動く」といったイメージほど現実が進まなくても、それは失敗ではなく、計算機としての限界が見えてきただけです。
重要なのは、AIを魔法の道具のように扱うのではなく、できることとできないことを冷静に切り分けることです。これまでの業務の延長線上で、効率化できる部分にきちんと使う。その積み重ねこそが現実的な活用であり、期待の大きさではなく、使い方の確かさが成果の差になっていくのだと思います。
自身のAI活用を振り返ってみると、最も多いのは文章の草案作成や推敲、そしてアイデア出しです。次いで多いのが、検索エンジンの代替としての利用です。検索エンジン替わりに使う場合には、「○○についてインターネットを検索してまとめてください。また、出典を必ず示してください。」といった形で依頼し、いわば三次情報として整理された内容を受け取ります。そのうえで、提示された引用元の原文を自分で確認し、内容の正確性を検証します。さらに、必要に応じて複数の資料や一次情報にも当たり、情報の裏取りを行うようにしています。テーマや目的に応じて、Google検索と使い分けているというのが実情です。
これらに比べると使用頻度は高くありませんが、実務面で特に効果を感じているのが、Excelマクロの作成です。繰り返し発生する作業では、手作業で1時間ほどかかっていた処理が、前後の準備作業を含めても1分程度で完了することもあり、試してみる価値は十分にあります。 もちろん、自分でマクロの内容を理解できるのが理想ですが、比較的簡単なものであれば、入力情報と出力結果を確認するだけでも実務に耐えるケースは多く、業務効率化の有力な手段の一つだと感じています。